人事制度・人事労務のコンサルティング|トピックス

高齢者の人事賃金制度 「高年齢雇用継続給付金縮小から賃金の見直しへ」

1.高年齢雇用継続給付とは?


(1)ねらい
高年齢雇用継続給付は、「高年齢雇用継続基本給付金」と、基本手当を受給し60歳以後再就職した場合に支払われる「高年齢再就職給付金」とに分かれています。雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある60歳以上65歳未満の一般被保険者が、原則として60歳以降の賃金が60歳時点に比べて75%未満に低下した状態で働き続ける場合に支給されます。

(2)支給される額
高年齢雇用継続給付の支給額は、60歳以上65歳未満の各月の賃金が60歳時点の賃金の61%以下に低下した場合に各月の賃金の15%となります。
61%超、75%未満となった場合、低下した率に応じて各月の賃金の15%未満が支給されます。ただし、毎月の賃金が370,452円を超えると支給されません。(2023年8月現在/毎年8月1日に変更されます。)
具体的な例では、60歳時の月額賃金が30万円だったところ、60歳以後の賃金が18万円(60%)とダウンしたときには、18万円の15%に相当する額の2万7千円が支給されることになります。

(3)期間
高年齢雇用継続基本給付金の支給対象期間は、原則として60歳に達した月から65歳に達する月までです。
また、高年齢再就職給付金は、60歳以後に就職した月から1年又は2年が経過する日の属する月までとなります。(65歳に達する月までが限度です。)

(4)改正後の支給額
2025年4月1日から新たに60歳となる労働者への給付率が15%から10%に縮小されます。

2.高年齢者雇用の現状


高年齢者雇用の現状はどうなっているでしょうか?
高年齢者雇用安定法(以下、「高年法」)が2021年4月から改正施行され、70歳までの就業が新たに創業支援等を含めて努力義務化されました。
厚生労働省の「令和5年高年齢者雇用状況等報告」によると、定年制について、定年制を既に廃止した企業が3.9%(20~300人企業では4.2%)、60歳定年が66.4%(65.6%)、61歳~64歳が2.7%(2.6%)、65歳が23.5%(24.0%)となっています。
また、「高年齢者の雇用に関する調査」(独立行政法人労働政策研究・研修機構/2019年調査/常用労働者50人以上)によると、60歳台前半の継続雇用者の雇用形態をみると、正社員が41.6%(100人未満では46.1%)、嘱託・契約社員が57.9%(同48.6%)となっています。定年前後の仕事の変化をみると、まったく同じが44.2%(47.0%)、同じ仕事だが、責任が軽くなるが38.4%(34.0%)となっています。
65歳台後半層の雇用確保措置を実施する場合に必要となる取り組みでは、継続雇用者の処遇改定が37.0%、健康確保措置が32.8%、全社的な賃金制度の見直しが22.6%、全社的な人事制度の見直しが18.7%となっており、賃金など人事処遇制度を対象者に限らず全体的にも見直していく必要があるとみています。


3.再雇用者の処遇(名古屋自動車学校事件より)


定年後再雇用者の基本給について、旧労働契約法第20条に基づき、最高裁が2023年5月に初めて判断を下して注目されました。
自動車教習指導員であった男性2名が定年後に再雇用された際に、定年前と業務内容や責任の範囲は変わらないのに、基本給が定年前の16~18万円から7~8万円へ減額されたのは不当だとして訴えたものですが、第一審、第二審では、生活保障の加点からしても基本給が60%を下回る部分は不合理な格差だと認めました。
これに対し最高裁は、不合理かどうかは基本給や賞与の性質についてその支給目的を踏まえ、労使交渉に関する事情なども考慮する必要があるとして原審に差し戻したものです。
今後の判決が待たれますが、再雇用者については、基本給や賞与など本来の目的に沿って各担当職務内容を適正に評価する基準が今後は必要になってくるといえるでしょう。


4.高齢者雇用に向けて人事賃金制度の見直し


 あらためて再雇用及び定年延長を含む高齢者の雇用について考えてみましょう。

(1)メリットとデメリット
個々によって異なりますが、通常の社員と比べた長短ではどうでしょうか。
◇メリット
 ・賃金について、教育費・住宅ローン返済などから開放された人も多く、生活費に必ずしも重点を置く必要がないので、賃金の変動費化に対応できる。
 ・長年の経験から、豊富な人脈、高度な知識とスキルを持ち、昇格や昇進にはあまり関心がない。
 ・能力、人柄や職務適性などもお互いによくわかっており、愛社精神もあるので後輩指導などに期待できる。
◆デメリット
 ・健康体力面に不安がある。
 ・硬直的になりがちで新しい技術等になじみにくい。
 ・個人差が大きい。
以上をもとに、メリットを最大限活かし、デメリットを補うことが肝要となります。※以下、60歳を超えた従業員を「シニア」とします。

(2)定年延長か継続雇用か
真っ先に挙げられるのが定年年齢を見直すかどうかです。先にも述べましたが、70歳雇用時代に向けて65歳定年が現実的に視野に入ってきているともいえるでしょう。
以下、60歳から70歳までの雇用を前提にご説明します。

(3)担当する仕事と職種
賃金処遇にも関連することですが、個人差が大きいことはもちろんですが、例えば、製造や建設、介護など現業の場を持つ業種・職種では、体の負荷のことを考慮しつつ健康面での配慮がより厳格に求められることも留意しなくてはなりません。また人材不足のなかで、高年齢者にも引き続き管理職や役職者として期待がかかってきています。

(4)働く場所と時間
コロナ禍での経験を経て、在宅勤務やサテライトオフィス(自宅から近いところに小さな事業を設けるなど)なども一般的になってきました。なかには郷里の両親の介護もあって遠隔地での勤務を認めることや、場合によっては業務委託の方法を模索したいなどの相談も最近受けています。
また、労働時間管理については1日当たりの勤務時間を短くしたり、週4日勤務にしたりするなどパートタイム労働等働き方の選択肢を多く準備したうえで、本人の要望を踏まえてより働きやすい勤務体制を検討する必要があります。これに伴い、深夜勤務や交代制勤務などをどうするかも課題となってきています。

(5)人事賃金制度
①諸手当
とくに仕事に直接関係する手当は、同一労働同一賃金からみた適正な対応が求められます。例えば定年前の正社員に支給されている作業手当が、定年後の嘱託職員には支給されないなどの場合には真っ先に解決すべき課題です。次に役付手当、営業手当、資格手当、精皆勤手当などについても同様です。家族・住宅手当などの生活補填手当についてもその目的や内容、基準から正社員を含めた再検討が求められます。
②基本給 
これからは、定年前の正社員も含めて、形骸化した職能給から“仕事基準”の賃金へ変えていくことが望ましいと考えます。すなわち、年功的な“ヒト”基準から仕事基準に見直していくことです。一般的には「ジョブ型」とも言われていますが、これに伴う「ジョブディスクリプション(職務記述書)」も含めて横文字が独り歩きして今一つわかりにくいので整理してみましょう。以下は身近な食料品スーパーにおける鮮魚コーナーの例からです。
 【職能基準】…魚を3枚におろすことができる
    →どのくらいできるレベルにあるのか
    ⇒職能給
 【職務基準】…魚を3枚におろす業務を現在担当している
    →どのくらいの職務価値があるのか
    ⇒職務給(大きくとらえれば、役割期待度からの役割給となる)
両者の違いは必ずしも明確なものではありません。下手をすると単に言葉の遊びになってしまいます。しかしながら突き詰めると、職能基準は抽象的な表現に留まるのに対して、職務基準の場合はより個別具体的な客観的な表現が求められることになります。ただし賃金に反映させる場合には以下のことも考慮しなくてはなりません。
※職務基準とする場合
・「~ができるのに、現在、担当させていないのはなぜか?」(宝のもちぐされ現象)
・「まだ十分にできないのに、担当させているのはなぜか?」(見習い段階として補助的業務に就いている、人手不足のために担当させざるを得ないが支援が必要~)
すなわち、従業員に対しては納得できるよう客観的で合理的な基準の策定が望まれることになります。
③賞与
同一労働同一賃金のガイドラインにも明記されていますが、今後は合理的な対応が求められます。
①~③について、シニアにとどまらず、企業によっては50歳くらいからの賃金カーブをあらためて見直すなどの必要性もでてきています。
④評価制度
同一労働同一賃金の観点からも、シニアの評価を実施することが避けられなくなってきています。


5.再雇用者の賃金水準


それでは、再雇用者の一般的な賃金水準はどの程度でしょうか。人事院の調査(職種・役職位別)からみてみましょう。
平均値をどうとらえるかですが、定年前と定年後の水準は、役職別にみると、それほど大きな差があるとは見受けられないといえます。もちろん、定年前には課長だった社員が定年後は主任や一般係員(非役職者)として業務を担当することもあり、今後は単純に定年をもって賃金が何割になるかではなく、どのような仕事(大きさ・範囲・責任の重さ)に就くかどうかによって決まり、さらに変動していくという見方が必要になるといえます。

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6.高齢者雇用の事例から


 以下に、機械製品のソフト設計と技術開発を行うコンサルティング事例〔H社における定年後再雇用者(シニア)制度の再構築〕をご紹介しましょう。H社の制度改定時の定年は60歳ですが、それまで定年時の役職によって定年後の年収が事実上決まる硬直的でモチベーション維持に問題があったところを見直したものです。

H社におけるシニア制度(定年後再雇用)


(1)改革の目的
年齢及び定年時の等級にかかわらず(脱身分)、“やれば報われる”仕組みへ変えていく。(定年前と定年後、さらに定年延長にも対応できる人事賃金制度とする)

(2)コース設定 
「ジェネラルコース」、「スーパーバイザーコース」、「マネジャーコース」からの計8等級制とした。

(3)等級基準の設定
独自の役割分析を行ない、等級ごとに、基本となる職務、担当職務例、職務上必要な能力および経験、指示の対象者、新規性・創造性、人材としての代替性、精神的・肉体的負担の度合い、対人関係・対外交渉、指導育成、裁量度、クレーム・トラブル対応、信頼度の計12の要素別に策定した。

(4)労働時間
ジェネラルコースについては週4日勤務、または1日7時間勤務とした。

(5)賃金制度
基本給はシニア給と役割給(正社員と共通とした。シニア給は毎年の総合評価により、以下のとおりアップダウンするものとした。〔単位;円〕




前年総合評価
査定反映+10,000+5,000±00~-3000 -3,000~-10,000


賞与(年に2回)についてはあらためて制度化し、業績評価を反映し年収でメリハリをつけるものとした。その結果、マネジャーコース(ライン管理職)については、正社員と比べて全く同水準とした。ただし、管理職については、任期を設けるとともに、任命期間は1年間で更新有りとした。


7.まとめ


長いコロナ禍を経て、2024年問題でいわれるように業種によっては人手不足、人材不足がいっそう深刻になってきています。また、高年法改正を背景に今後、高年齢者雇用が増えていくことは間違いありません。
高年齢者についてはこれまで以上に戦力化を図り、働き方改革の一環として、働く場所と働く時間帯について本人の希望を考慮するとともに、危険を伴わず異動配置など工夫を凝らした独自の施策が求められてきます。賃金制度についても見直しが急務です。
高年齢雇用継続給付金および特別支給の老齢厚生年金の縮小・廃止へと進むなか、変則的な賃金の決め方からは脱却し、本来の仕事本位の賃金へのステージになったともいえます。
それぞれの企業の高年齢者(シニア)に対する賃金のありようが、新たな競争力の源泉にもなってきていると感じます。

※以上は、「社労士TOKYO2024年3月号」に寄稿した記事をアレンジしたものです。