執筆記事
「わたしの人事賃金管理論-能力ある人材の抜擢と役割交替が可能な制度へ」
以下は、産労総合研究所の「賃金事情2011年1/5・20号」にわたしの人事賃金管理論と題するシリーズの記念すべき第1回に掲載された記事です。
株式会社パーソネル・ブレイン 代表取締役 二宮孝
人事賃金管理を取り巻く現状を振り返る
2008年夏のリーマン・ショックの記憶はまだ新しい。2009年3月を底に製造業を中心として回復基調へと転じたものの、2010年4月以降、経済は再び減速してきた。今やデフレ状態に陥り、ゼロ金利時代の再来を迎えている。国際化と情報化の波がめまぐるしく押し寄せるなるなかで、日本の社会は今まで経験しなかった少子高齢化を迎え、先行きは一層不透明な状況にある。今後、昔の良き時代に戻るという期待感は見受けられない。
このような社会情勢のなか、人事賃金管理を取り巻く環境も変化し混乱も招いている。
たとえば、今が旬のワークライフバランスをみてみよう。ワークライフバランス(WLB)とは、「仕事」と「仕事以外の生活」の双方をうまく調和させていくことを意味している。最近では、働く個人の立場からすれば自ら希望するライフスタイルを実現できるという動機づけ策として、また、優秀な人材を確保して、その定着化と心身の安定性の高まりからさらなる発展に結び付ける企業側の差別化戦略の一環として、多様な人材を活かすダイバーシティ・マネジメントとも結びついて重視されてきている。
外来語の響きとその表面的な意味から、無手勝流に一見楽ができそうな錯覚にも陥りそうだが、考えてみるとこれらは今風の生産性向上運動という見方もできる。すなわち、旧来型の仕事べったり人間からの脱却を余儀なくされ、残業や休日出勤を極力減らしていこうとする厳しさがそこに見え隠れしている。
続いて、少し前に論議を呼んだ「成果主義」について考えてみたい。行き過ぎた成果主義として、旧来の年功制度の方が日本では適していると断言する人もなかにはいる。よくありがちな揺り戻し現象といってしまえばそれまでだが、実務家としての人事コンサルタントからみるとどう解釈するべきであろうか。
「成果」のとらえ方についてみてみよう。成果は結果ではないという人もいるが、そうであるのならば、成果主義とは言わず、プロセス主義と言い切ってしまえばよい。やはり結果は重要であり、企業が社員に期待する短期的かつ直接的な結果、すなわち個々の業績まで注視せずしては、今の時代、経営は成り立たない。
ただし、このことは単純ではない。実際の組織運営からみれば、個人に帰する純粋な成果と個人以外から影響する要因を明確に区分することは難しい。したがって、これは評価制度から動機づけの問題にもなってくる。
事実、成果主義が行き詰った企業の多くが「目標管理」に名を借りた短絡的な評価制度のもとに、原資を配分する仕組みのみに重点が置かれた賃金体系にとどまっていることは反省すべき点であろう。社員の責任とは関係がないところで賃金原資が決定され、相対的配分の複雑な算式のみが先行する制度では、展望がもてなくなるのも当然である。
以上のことを踏まえると、本来のあるべき成果主義人事とは、現在の結果のみならず、さらに将来に向けて成果を生み出すものでなくてはならない。すなわち、社員の意識もそれぞれに異なることを前提にしつつ、潜在能力から長期的視野で育成し、開発していくことが重要課題となる。
さらに、成果主義をいうときにマネジメントの観点からより重要なのが、車の両輪の関係にもなるもう一方の能力主義である。そのポイントは、「能力ある人材の抜擢と役割交代」にある。すなわち、従来の身分的な人事から脱却し、実態に即して機動的に運用していこうとするとらえ方である。
私の提案するコンサルティングから(よりより人事賃金管理のために)
次に、私がこの数年間コンサルティングを通じて実際に提案してきた人事賃金システムを紹介させていただきたいと思う。ただし、企業の規模や業種や業態をはじめとして実情によって異なってくることにも留意していただきたい。まずはトータル人事システム図からその位置づけをご覧いただきたい(図1)。
併せて、人事制度を見直す前に組織のあり方、マネジメントシステムについての再構築も行っていかなくてはならないことも押さえておきたい。
(1)人材像の明確化
人事賃金管理を考えるにあたって、最も重要なのは、会社全体から部門、職掌(職種)別へと連なる明確な人材ビジョンを明らかにしていくことにある。言い換えると、“期待される人材像”を描くことにある。
そのためには、まずはトップダウンで中長期経営ビジョンを明確に打ち出すことが求められる。これに従って事業構想が具体化され、次にこれを担う人材像を明確に描いていく。
さらに、この人材像(1つに限られるものではない)のもと、現在の在籍社員からただちに登用するのか、これから時間をかけて教育し育成していくのか、もしくは新たに採用していくのか検討を進めていく。場合によっては外部へアウトソーシングを図るという選択肢も含め、戦略的にまた多角的に考えていかなくてはいけない。また、正社員と非正社員との構成などの問題も見直しを図っていく。
(2)複線的人材モデル
次に、長期安定雇用の社員を核(コア)とした場合には、複数の人材モデルを描くことが必要である
以下に代表的な3つのモデルをあげてみよう(図2)。
Aモデル…幹部(候補)として期待し育成していくためのまさに優秀社員のモデル
評価では、安定かつ継続的に優秀な評価を得ていくことが期待される人材となり、賃金水準としては社内ではもちろんのこと、業界の大手優良企業からみても遜色ない水準として位置づける。
Bモデル…現実的にとらえた標準的社員モデル
評価では、均すと平均値となり、賃金からみれば人件費コストとしても見合う水準というところが押さえどころになる。
Cモデル…仮に定年まで勤務するとしたとしても管理専門職には至らないとしたモデル(場合によってはコース別人事制度でいう一般職として区分することもある)
以上をもとに、トータル人事制度上でそれぞれを立体的に位置づけられるように設計を行うが、ただし、このことは個々の社員にレッテルを張ることを意味するものではない。とくに若い社員に対しては、全員がAモデル(以上)として期待されることを示すなど長い目でみての動機づけを図っていく。
(3)基本人事システム
(1)役割能力等級制度
役割(職務責任)と能力(職務遂行能力)をベースにした、ブロードバンド型のわかりやすい能力・成果主義人事制度である。この制度は8割以上の企業にあてはまると認識している。
この制度は、従来型の身分制度的な職能資格等級制度から脱却し、若くても能力ある人材を積極的に抜擢し、責任ある仕事を任せることを主たるねらいとしている。一方で、アメリカ型のドライな人事の模倣で終わるのではなく、現実の日本企業における組織運営スタイルを踏まえ、各企業のビジネス価値基準に従って安定的な能力開発を基本に置きつつ、管理職など上位層については役割交代がある可変的で柔軟な人事制度である。
フレームワーク(体系図)からとらえると、縦(階層)と横(職掌または職群)の関係を考慮したうえで設計する。縦には、J(一般担当職)・S(企画指導職)・M(管理専門職、実態に応じてⅠとⅡに区分する)・E(経営統括職)と大きく4つのクラスに区分し、さらに必要に応じて限定的に級を設ける。
ここでいうクラスとは、求められる役割の違いを表わし、級は同じ役割のなかでも経験の度合いを表わすことになる。これに加え、横串には製造・事務・営業などの職掌を設定し、人事制度を立体的に運用していくことになる(図3、図4)。
(2)能力等級と役割等級の併存型制度
職能資格等級制度をベースに置きながら、一方では明確な役割レベル基準を設定し、最初から二本立ての構成とするものである。厳密にいうと、ここでいうのは役割期待ではなく、どのポストに就いているのかといった「今現在の客観化された役割価値」そのものを指している。この制度の場合、賃金も能力給と役割給の明確な併存型となるとともに、役割給の比重も必然的に高くすることが特徴としてあげられる。
すでに成果主義の意識が浸透しているなかで、小売業・サービス業など年功、勤続による動機づけが比較的薄い業種、業態、職種が適しているといえる(図5)。
(4)賃金システム‐複合型賃金体系
私が提案してきた賃金制度について一言で表わすとするならば、能力主義のもとに新たな人事の方向に沿って能力開発を推し進めるとともに、担当役割に応じて個々の社員の責任範囲内で一部成果(業績)も反映させていくシステムということになる。この結果、若くても能力が高い社員には、抜擢人事のもとに賃金も相応に高くなり、高齢ですでに高い水準になっている社員については抑制していくことにとなる。
要素からとらえると、まずは生活給をベースに置いたうえで、能力給・役割給・業績給からなる複合型賃金としてとらえる。生活給がベースになるというのは、いまだ多くのサラリーマンが1社から支払われる賃金で生計を立てている現状を踏まえたもので、将来の賃金収入予測をもとに、扶養家族を含めて住宅費(ローン)や教育や介護の費用など生活設計を行うための安定的な基盤形成が避けて通れないからである。
次の能力給は、個々の社員の能力の伸長度を評価して毎年の定期昇給などに反映していくものである。能力という言葉からみても個人格差を前提にしたものであり、能力給は年数をかけて、徐々に格差を拡大させていく性格のものである。
3番目の役割給とは、今現在担当する仕事(役割)に要求される付加価値の大きさ(ジョブサイズ)や責任度、困難度を評価して、つど賃金に反映させるものである。
4番目が先述の現在の結果を反映した業績給となる。これは、部門やチームなどの集団業績をまず明確に数字で評価し、次にその構成員たる個々の社員の貢献度に応じて一定の割合を分配する方式が一般的である。すなわち、前年(前期)とは不連続で、アップダウンも大きくメリハリのつくシステムとなる。
以上の4つの要素を組み合わせて年間賃金を構成することになる。
この複合型賃金は、年収構成から3つの賃金要素を有効に組み合わせて設計し、クラス別にもそのウエイトを変えて柔軟に運用していく。 (図6)
たとえば、月額賃金は能力給に役割給を加味したものとし、賞与は業績給を中心に設計することなどである。うち役割給については、いわゆる管理職手当や役付手当を見直したうえで部分的に移行導入することも考えられる。また、賞与については各企業の実態にあった現実的で納得のいく全社・部門・個別それぞれの業績に連動させるポイント制賞与制度の導入を図ることが多い。
(5)評価システム
私は、これまでコンサルティングを帰納的なアプローチにより進めてきた。すなわち、求める人事システムは、外部から一方的に押し着せられるものではなく、それぞれの企業の現場にあり、人事コンサルタントはその整理から取りまとめの支援を行うにしか過ぎないというスタンスである。とくに、評価は人事システムのなかでもまさに根幹をなす重要なシステムである。というのも、評価はその企業における「ビジネスの価値基準」にほかならないからである。これに沿っていうならば、器(形式や帳票など)は借り物であってもよいが、中身(魂)までは借り物というわけにはいかないということになる。
すなわち、もう一方の賃金システムの設計では、方針さえ決まっていれば後はテクニカルな要素も大きいが、評価システムについては、トップダウンから広く社員を巻き込んで喧々諤々の議論を重ねた末に少しずつ先が見えてくるようなまどろっこしく感じるプロセスを避けては通れないということに結びつく。
このように、評価基準を策定することは、その企業におけるさまざまな役割(職務)は何かを明らかにするとともにこれを担う“ヒト”、ひいては必要な能力要件を具体的に洗い出していく作業の積み重ねにほかならない。これがまさに行動評価となり、一般にいわれているコンピテンシー評価、バリュー評価に近いものであろうが、私はこのような定義にはこだわってはいない。現場の社員との協力で1つひとつ築きあげていくことこそが重要だと思う。
また、個々の直接的な成果、すなわち業績をとらえるにあたっては、先述のように本に書いてあるような「目標管理」制度をそっくりそのまま単にあてはめるだけでは機能しないと感じる。実際のところ、会社や上司からのガイドライン提示もなく、目標課題や達成基準の欄をみても、単に白紙のまま本人任せで、面接も十分にしていないようなケースでは、とても評価に活用できるようなしろものとはなっていない。
「目標管理」はあくまでも技法としてその一部を借用するのみだということを前提に、公平で公正な業績評価が可能になるように独自に煮詰めていかなくてはならない。その際に私が重視しているのはシミュレーションである。すなわち、模擬評価を何度も繰り返し、現場の評価者が実際に使えるようにビジネス価値に沿って見直しを重ねていくことに尽きると考えている。
人事賃金管理の運用にあたって重要なこと
(1)運用面の重要性
前項では、主としてシステム(ハードとしての面)の設計から解説してみた。ここでは実際の運用(ソフトとしての面)からまとめてみたいと思う。
人事システムは、社員がまずは理解し、動機づけられて仕事にやりがいを感じ、個と組織の活性化を図ることが基本である。併せて注目すべきなのは、賃金システム以前に適正配置も含めたまさに仕事そのものが重要であるということである。これを行動科学の立場から説明すると、賃金処遇は衛生要因であっても動機づけ要因ではないということになる(※注1)。すなわち、(自分の担当する仕事、能力、達成度からみて)賃金が低いということで、やる気を喪失したり、退職のきっかけになったりすることはあるかもしれないが、逆の観点からは、賃金制度をリニューアルしてアップした社員が、すぐに活性化するほど単純ではないということである。しかも、この場合に賃金制度で求められるのは、高い賃金というよりも適正な賃金ということになる。
世の中はダイナミックに変化し、価値観の多様化の波のなかで選択肢はますます増え、その結果、人事は何でもアリという感がある。このような状況において、あるべき人事システムは唯一これだと固定的に絞ること自体がそもそも困難となってきている。いわば変化に応じて柔軟に対応できるような緩やかなシステムとしてとらえる必要が出てきていると感じる。
※注1:F.ハーズバーグの研究によるもので、職務に対する満足に寄与する要因と不満足に寄与する要因を区別して、満足要因が動機づけ要因としている。
(2)運用面で留意する点
以上のことを踏まえ、運用面からとらえた重要な点について、以下にまとめてみた。
1)人材開発、育成を常に根底に置くこと
中長期視野に立つと、社会にとって期待される人材像を明確に描き、これに向けて人材開発、育成を図る会社をめざすことが肝要である。
社員はその会社で定年を迎えるとは限らない。また定年を迎えることが、本人および会社にとってベストの選択であるともいえない。これから期待される人材には、会社(組織)から離れてもやっていける人材「エンプロイアビリティ」、また独立してもやっていける人材「プロフェッショナリティ」をも育成できる会社こそが、逆説的ではあるが他社との差別化となり得る。
2)日常からのコミュニケーションを重視すること
最も基本的でしかも絶対的な条件、これがコミュニケーションである。
コミュニケーションの1つは、報告・連絡・相談をはじめとして情報を共有化することである。会社、組織の方針をすみやかに末端に伝える(トップダウン)、今日の顧客等と接するなかから得た情報を選択し優先順位を付けて速やかに上にあげる(ボトムアップ)、すなわち相互の的確な情報伝達を通じて意識を共有することにほかならない。
併せて大事なのは、カウンセリングマインドに則っての良好な人間関係をめざすことである。いわば個人の価値観の違いを超えたフォーマル、インフォーマルの健全な関係を築いていくことである。
3)独自色をタイムリーに打ち出していくこと
厳しいグローバルな企業間競争の結果、製品すなわちモノによる差は既に限界にきている。そうなると残るのは“ヒト”による質的サービス、付加価値の差でしかない。すなわち企業としては、人財としての価値を認め、人を重視する会社として内外にアピールすることが競争力をさらに強化できる最も重要な手段となる。このためには、他社ではないユニークな人事施策を打ち出していくことが求められる。
4)個々の社員に沿っていくこと
現在、ワークライフバランスに関心が高くなっているが、人事としても広く長く個々のライフプランまで考慮せざるを得なくなってきている。すなわち、自立(自律)した個々の人間に対し、家族も含めてその人生までお互いに考えていこうとする姿勢が問われている。個々の社員の将来まで含めて何が期待されていることなのか、真摯に考えて、つど答えを出していくことが求められている。
5)活性化策を打ち出すこと
なかで最も重要といってもよいのが「活性化させる」ことである。「活性」とは、人的エネルギー(活力)の発露ともいえ、その源泉はやりがい、働きがい、生きがいにまで遡る。活性しているという現象は、現実としての高揚感であり、良い意味での緊張感であり、将来への期待感でもあり、さらにこのことは個々によっても多様である。賃金や報酬とはまた別の意味の測りようのない人的パワーとなり得るものである。さらに、個人と個人が相互に及ぼす相乗効果としてみれば、これが組織の活性化となり、組織力に結び付くものとなる。
企業としては、“ヒト”それぞれを動機づけ、チャレンジ精神を発揮させ、新たな価値を生み出すために創造性を開発していくことが求められる。このためには、多種多様、異質異能の人材が混合する集団のなかで、いわば出る杭を育む土壌への組織風土改革が避けては通れない。また、これからの人事で必要なのは、信賞必罰と中期的視点での一度落ちてもまた這いあがれるというリカバリー可能なものである。
“ヒト”を活性化させることを主眼とした柔軟性のある人事へ
人事制度を再構築し、またその適正な運用を行っていくことは、経営全体からみて会社の将来を占う重要な位置を占めるものとなることは間違いがない。人事が従来の延長では考えられなくなってきているのは事実だが、だからといって奇をてらうような制度をめざす必要はない。人事は“ひとごと”であってはならず、その対象が家族を含めて今現実、日常を生きている人間そのものであるということを常に念頭に置いて粛々と行なっていかなくてはならない。このことを念頭にして、今人事担当者に求められるのは、将来を見通すための感性ともいうべき現実感であると思う。
最近、改めて疑問に感じるのは、職能資格制度は廃止して職務等級制度を導入すべきとか、年功給や職能給から成果給へ転換するといった選択式の見方が多いことである。
私が人事コンサルタントとして、職能資格制度はすでに時代遅れでこれからは職務等級制度または役割等級制度しかないなどと提案したことはない。これから求められるのは、役割交代という要素を取り入れた仕事面も重視した能力基準の制度であると説明してきた。同様に賃金については、経験も加味した能力給を中心に役割・業績といった変動的な要素も取り入れた業務環境の変化にも対応可能な複合的賃金だと伝えてきた。
表面的な成果主義の名のもとに、「今ここに生きているヒト」に焦点が当てられず、「長期」「安定」という重要な要素が抜け、本来はボーダー(境目・区分)のないところに右か左かだけを決めつけてしまっている実情を私は危惧している。
先行き不透明さが増すなかで、ワークライフバランスやダイバーシティ、ES(従業員満足度)など人事のとらえ方も多様化、複雑化してきているが、このような時代だからこそ小手先だけのテクニックによるのではなく、将来に向けて新たな成果を創出していくための基盤の強化が求められていると思う。
併せて、これまで経験しなかった不測事態にも対応できるよう、常にその時々のベターオブバランスを考慮しつつ、“ヒト”を活性化させることを主眼とした柔軟性ある人事が求められていると感じる。
「人事賃金スタッフへのワンポイントアドバイス」
私は大学を卒業後、商社に入社した。最初は営業部門に配属され、企画、広告、広報の仕事に携わった。そして4年後に人事部給与労務課に配置転換になった。業務の内容が一変し戸惑いは大きかった。
今人事を担当しているとくに若い人に言いたい。モノによる差別が図れなくなってきている現在、行き着くところ“ヒト”によるところが大である。それを仕切る人事はこれまで以上に重要な役割が期待されている。それは、一言でいうと「誠実な戦略家であれ」ということだ。戦略家というのは、将来も見通して人の価値を最大限発揮させることを考えることが求められているからである。経営・マネジメントという視点から科学的に学び、独創性を磨いてほしい。視野を広げ、社内外を問わず人脈の拡大にも精力的に励んでほしい。
次に誠実であるということは、対象が人であるということからきている。人は賃金相応の力を発揮する存在にとどまらない。実際はその何倍もの無限の価値を潜在的にもっている。残念ながら、結果として発揮されるのはほんの一部にしか過ぎない。その点に注目して、生きた勉強をしてほしい。そのためには常に現場に目を向けるべきだ。現場はまさに情報の宝庫である。
人事の問題で悩んだとき、本を読んだだけでは分からないことも多い。メーカーであれば工場、物流会社であれば倉庫とトラックの助手席に座ればその答えは見えてくるかも知れない。私は人事コンサルタントとして旗を揚げて20年経つが、いまでも真っ先に現場を見学させてもらい、また現場の人々の直接インタビューをお願いしている。短い時間ながら重要情報を収集するとともに、相手の多くからは、上司はもちろんのこと家族や友人にもいえないことまで聞いてもらって初めてすっきりしたと言われた。
雇用を取り巻く状況はますます厳しくなってきている。人事に携わる人間は、究極のところ「雨ニモマケズー」の心境まで求められる。矢面に立つなかで疲れ、報われない仕事だと嘆くこともあるかも知れない。ただ、その貴重な経験はほかの部署に替わっても、また会社を離れたとしても必ず役に立つはずである。後になって初めて気づくことかもしれないが、人事は他にはないやりがいのある仕事である。それはすなわち、対象が今を生きている“ヒト”だからこそである。